2011年04月30日

由布市全国神楽大会

ちょっとこのGWは珍しく予定てんこもりでバタバタしどおしで、明日もうっきうきで島根に石見神楽を観に出かけるのですが…その前に、これだけは宣伝しておかなくっちゃ!o(>_<)o

うちのホームページ(http://tamayurayurara.sakura.ne.jp/)の神楽カレンダー(http://tamayurayurara.sakura.ne.jp/calendar1105.html)にも詳細を載せていますが、今年も開催されます! 5月3日に、第二回由布市全国神楽大会!(^∀^)ノ

直前まで詳しい情報が出てこなかったので、開催されるのかどうか心配していたのですが…無事開催が決まったみたいで、よかったよかった(*´∀`*) 私は行けないのですが…m(_ _;)m 行きたかった〜〜!!o(>_<。)o

私も、2年前のこの大会の第一回大会を観に行ったおかげで、神楽の魅力のとりこになった一人です('∇^d)(笑) この大会がなかったら、今ごろどうしていたことか…こんな風に、たびたび神楽を観に出かけたり、いろんな神楽友達がたくさんできたり、神楽のホームページを作ったり…なんてこともなかったと思うと、本当感慨深い、思い入れ深いイベントです(^m^) 第一回大会の様子は、うちのホームページの紀行の神楽レポで、ちょっとご紹介していますので、興味のわいた方は、そちらもご覧いただけると嬉しいです(^人^)

大分や、他県から招かれた様々な神楽を、1日じっくり味わえるこの大会、ぜひぜひみなさん、足を運んでみてくださいね(^∀^)ノ
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2011年04月29日

平城京天平祭その2

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古代衣装に身を包んだ400人の天平行列が華やかで、うっとり〜(*´∇`*) そして、見るだけじゃなく、自分たちも古代衣装を体験できちゃうコーナーが、めっちゃ楽しかったり、出店ではおいしいものがいっぱいだったりで、最高でした(≧∇≦)
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平城京天平祭その1

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GWですね♪ 今日は奈良の平城宮跡公園の平城京天平祭に行ってきました!
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2011年04月25日

4/23 御嶽神楽奉納 (いただきもの写真シリーズ)

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またまたまた、私は行けなかったんですが、観に行った神楽友達がが送ってくださった写メシリ〜ズ〜(*´∀`*) 4/23、大分県臼杵市野津町東光寺地区の、御嶽神楽さんの奉納('∇^d) この日、こちら大阪は大雨の荒天でしたが、大分はめっちゃいいお天気だ!(゜口゜)

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弓矢をつがえるアマテラス、かっこいい〜!(≧∇≦) 誓約って、私、まだ一度も観れたことなくって…めっちゃ観てみたい〜〜!!

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そして天孫降臨! 天孫降臨も、御嶽神楽さんではまだ観たことない…m(_ _;)m イベントなどでは演じる演目に偏りがあったりするので、まだまだ観れてない演目が結構たくさん(^∀^;)ゞ

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柴引! この赤い髪と水色の着物の衣装がなんだか好きです(^m^) 御嶽神楽さんの衣装は、どんな舞台にもよく馴染んで、色鮮やかに映えて素敵だなぁ(*´∀`*)

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五穀舞です。この写真、すごくかっこいい!(≧∇≦) 神楽友達によると、荒神様が手を差し出してきて、飴をくれるのかなと思ったら、「違う違う、写真撮れ」って…(笑) 思わぬハプニング(?)ながら、撮影者と被写体の息ピッタリのナイス写真ですね('∇^d) ちゃんとその後、荒神様は、飴をくれた上に、がっちり握手もしてくれたんだって(^m^)
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4/9 重岡岩戸神楽奉納 (いただきもの写真シリーズ)

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続きましても、私は行けなかったんですが、観に行った神楽友達がが送ってくださった写メです〜(*´∀`*) 4/9、大分県臼杵市東神野での、重岡岩戸神楽さんの奉納('∇^d)

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猿田彦?

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天孫降臨ですね!

とても雰囲気のある舞台の、いいお宮ですね〜(*´∀`*) 噂に聞くところ東神野は、神楽好きな方が多いのか、奉納がとても盛り上がる地域なんだそうです。お昼に始まった奉納が、夜中の日付が変わってもまだ終わらないくらい続いたり…。基本の12演目だけだったら、21時か22時くらいに終わるところを、願神楽がいっぱい入るので、たくさんの神楽が舞われて長くなるんだそうです。いっぱいいろんな神楽が観れて、いいな〜(≧∇≦)
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4/3 御嶽神楽公開練習 (いただきもの写真シリーズ)

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道の駅きよかわの猿田彦像♪

またまた私は行けなかったんですが、観に行った神楽友達が写メを送ってくださいました〜(*´∀`*) 震災に配慮して延期となった御嶽流神楽大会のかわりに、御嶽神楽のみなさんが、衣装をつけて本番さながら公開練習を行ないました。会場では震災の義援金の募金箱も設置されたそうです。

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毎年、大にぎわいの大会と比べるとちょっとさみしいものの、それでも、急な話であまり宣伝していなかったにも関わらず、たくさんの方が観に来られていたそうです。

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岩戸開きですね

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ウズメがかわいい♪

延期した御嶽流神楽大会は、5月15日に開催されることになったそうです(^∀^)ノ 神楽三昧の楽しい春の1日を過ごせるこのお祭り、おすすめです('∇^d)
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2011年04月21日

神楽マップ/全国神楽協議会

神楽マップ/全国神楽協議会
http://www.kagura.gr.jp/

おおおお〜〜!! 知らないうちに、すごいサイトが…すごい組織が誕生されていました!!(゜∀゜ノ)ノ これ! 神楽を愛するあらゆる人が、待ち望んでいたことだと思います! 嬉しい!(≧∇≦)

全国神楽協議会は、「全国各地に古くから伝承されている神楽を継承・発展させるため、全国的なネットワークを構築して、神楽関係の諸団体間の連携を深め、神楽の活動情報を提供・交換するほか、神楽の活動を支援する事業を実施し、神楽の一層の振興を図ることを目的」として、H22年4月に設立されたんだそうです。

この「神楽マップ」サイトは、そんな全国神楽協議会によって、日本全国に分布する神楽の情報をマップにして、データベース化に取り組んでいらっしゃるサイトです。資金の確保に悩む神楽団体を支援するための、神楽支援金情報なども掲載されています。

神楽って、日本全国に存在するけど、各地バラバラで、横のつながりが全くないというか…。同じく「神楽」って呼ばれるものでも、地域によって、その内容は全く異なっていたり、その歴史や伝播や変遷が謎だらけだったり…。

そんなこんなで、各地でそれぞれ勝手にやってる…って感じで、日本全国の神楽を総括してまとめたり、研究したり、支援したり…っていうことが、今までなかったから、すごい画期的なことですよこれは…!! 今まで誰もやろうとしなかった…いや、やろうと思っても、どこからどう手をつけていいのか…って途方もなくて、誰も成し遂げられなかったけど…なんか、これを機に、一縷の光が、道筋が見えてきそうな気がする!

まだまだ始動したばかりの試みのようで、莫大な神楽にまつわる情報全てを網羅するのは、まだこれからのお楽しみ…っていう感じです。ファンとしては「あの団体も、この団体も載ってない〜!」「もっともっと詳しい情報まで載せてほしい〜!」っていうぜいたくな希望は募りますが(笑)、千里の道もまずは第一歩から…っということで、今後のデータの充実に超期待です…!!(≧∇≦)
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2011年04月07日

ホンマでっか!?TV

どうでもいい小ネタですが…

きのうの「ホンマでっか!?TV」4時間スペシャルで、「震災でみんなが元気をなくしている今こそ、元気が出るアイデアを出し合おう!」っていうコーナーの中で、脳科学の先生が、K-POPのアイドルグループ「少女時代」の、「GENIE」っていう曲が、脳科学的に元気が出る法則にあてはまりまくる…みたいな話をしていました。

少女時代と言えばあの、そろいもそろって美しすぎる美脚ですが、その「GENIE」のプロモでは、その美脚をそろって大きく組み直し組み直ししながら歩くんですね。その動きが、元気が出る要素の一つだというのですが…。手足(腕脚)を大きく動かす動きっていうのは、観る人を元気にさせる効果があるんだそうな。

で、思ったのは、これって、神楽の動きにも当てはまるなぁって…(す、すみません…何でもかんでも神楽に結びつけて考える、神楽オタクですみません) 御嶽流の神楽で、脚を高く上げるあの独特の所作とか、不思議に観ていて元気が出るって思ってたけど、ちゃんと科学的な根拠があったのね! …あ、いや、ホンマでっかのネタだから、どこまで本当かわかんないけどね(^∀^;)ゞ
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2011年04月03日

「今、記紀万葉が語ること」

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古事記完成1300年記念プレ・イヤーフォーラム「今、記紀万葉が語ること」パンフレット

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おみやげに、木製仮面クッキー。奈良の纏向遺跡で出土して、卑弥呼の時代のものだって話題になった木製仮面がモチーフです。かわいい♪

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広告ブースにあった鳥取県のポスター。微妙な実写と合成で素敵(笑)


本日二つめの話題です。時間のある時に、まとめてブログ更新!(更新する時、しない時、極端ですみません…) というわけで、いろいろバタバタしていてブログ書きそびれていたのですが、先日、奈良で開催された、古事記完成1300年記念プレ・イヤーフォーラム「今、記紀万葉が語ること」に行ってきました。古事記・日本書紀・万葉集の魅力、そして古代史の舞台・奈良の魅力を再発見しようというこのフォーラム。島根県浜田市からお越しいただいた、大尾谷社中のみなさんによる、石見神楽の披露もありました!

しかし石見神楽は写真撮影禁止で、しかも20分くらいの超短縮バージョンの「大蛇」。大蛇フォーメーションがメインで、その前後はおまけ程度に簡略化…って感じで、神楽ファンにはちょっと物足りない感じでしたが…でも、石見神楽の内容から、パネルディスカッションの議論がふくらんでいってすごく興味深かったし、何より、フォーラムのメインである講演内容が、すんごい充実してて、おもしろかった!! 不可解で謎に包まれた日本神話の様々な疑問点にズバズバ答えを出してくれて、快刀乱麻を断つ爽快さ!(その先生の持論であって、定説ではないかもですが…) 神楽の原点である神話を読み解く上で、すっごい勉強になる〜!!

しかも、みなさん、話がめっちゃおもしろいしわかりやすい! さんまさんの「ホンマでっかTV」ってバラエティー番組があって、各界の著名な学者のみなさんが、しょーもない話題で真剣議論(?)し、ぶっとんだ持論を展開するのがおもしろくて、私、大好きなんですが(笑)、あんな感じ? やっぱ最先端をゆく学者のみなさんって、頭が良くて発想力があるのはもちろんのこと、人に訴える説得力を持ってなきゃだから、ユーモアのセンスも欠かせないものなのですね…! 全っ然堅苦しくなくて、冗談まじりで楽しく話を展開してくださって、4時間にわたる講演にもかかわらず、全く眠くなりませんでしたよ…すごい! 各先生方の著作物とか読んでみたい! 学生に戻って授業受けてみたい! って思いましたよ(笑)

「こんなおもしろいお話、一言たりとも聞き逃すまい!!」とばかり、講演を聞きながら、一生懸命メモとってきたので、ちょっとこちらでまとめてみますね。しかし、だいぶ聞き逃しやメモが追いつかなかったり、話し言葉を頭の中で書き文字にうまく変換できなかったり(専門用語とか…)という部分多数なので、いろいろあやふやだったり、話が飛んだりしててすみません…


■ 奈良県立万葉文化館館長 中西進氏 「記紀万葉と日本人の心」


「古事記」「日本書紀」「万葉集」は、トライアングルの関係にある。まず、古事記があって、そこから、日本書紀、万葉集が生まれた。

「古事記」=「昔語り」 アイヌのおばあちゃんが、覚えていることをずっと語る「ユカラ」と同じような。

「日本書紀」=「クロニクル」(年代記)

古事記では、「ところ」(場所)と「とこ」(時間)は、いっしょのことだった。それを年代記にしたのが、日本書紀。歴史書(クロニクル)、暦というものは、王の正当性(正統性?)を証明するもの。そして、万葉集も古事記をもとにしてできたと言っていい。古事記から歌を独立させて、万葉集ができた。

「歌」=「訴える」…すなわち、現実、真実

「語る」=「騙る」…すなわち、だます、うそが入る

日本の歴史は700年ごとに三回転(?)している。第1の日本は5世紀〜、第2の日本は12世紀〜、第3の日本は19世紀〜。その第1の日本の頃に古事記・日本書紀・万葉集は作られた。日本人の心の基礎となっている。

「平家物語」では、「てき」「たたかう」「いきる」「しぬ」という言葉が多く出てくる。たたかいの物語。今も、日本語にはたたかいに関する言葉が多い。ということは、日本人は好戦的ということだろうか? いや、そうではない。日本人はエモーショナルである。次のような言葉で各国を表現される。

インド…「イマジネーション」(想像力)

中国…「論理力」

日本…「感傷力」

日本人の心には、「悲しみを抱きしめる」という特徴がある。悲しみの歌を聞いた天皇が、それに対して、「うるわしきかも かなしきかも」と述べたという記述がある。

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メモが飛び飛びで、うまくまとめられなくてすみません…。日本書紀も、万葉集も、それぞれ違ったアプローチではあるけど、ともに古事記をにして作られた…っていうのが、新発見でした。「歌」は訴えるもの、「語り」は騙り…うそが入るっていうのも目からウロコ。歌は率直な思いを訴え、語りは、書き手の作為や読み手を誘導…操ろうとする思惑が含まれるってことでしょうか。

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■奈良県立図書情報館館長 千田稔氏 「古事記の国際性」


教育現場において、戦前のあやまちとして、「神話」=「歴史」として教えられてきた過去があるため、神話を教えるということは、今までタブー視される傾向にあった。しかし、過去のあやまちを繰り返してはいけないのはもちろんだが、神話を学ぶこと自体は大事なこと。神話を神話として、文学として学んでいくべき。

古事記の日本神話というのは、日本独自の土着の物語ではなく、いろんな国の神話が混ざり合って成立していることがわかる。例えば、イザナギ・イザナミの神話も、周辺国に似た神話があり、日本で生まれた神話ではない。

古事記は「陸」の物語ではなく、「海」の物語。海洋民の存在を無視できない。島国日本は、海を介して、周辺国とのつながりをもっていた。古事記における日本誕生の記述によると、まず淡路島が生まれ、次に本州が生まれる。なぜ淡路島から先に生まれるのだろうか? 海洋民が淡路島を本拠地としていたからに他ならないのではないだろうか。

また、イザナギ・イザナミの神話を、「洪水神話」として見ることもできる。洪水が起こり、生き残った男女が国を作る…という、世界各地に類例が見られる神話だ。

イザナギ・イザナミの天の御柱めぐりによく似た儀礼がある。東北のほうに多い? 日本民俗の農耕儀礼の「ハダカマワリ」。囲炉裏のまわりを裸の男女がまわる。粟、稗の農耕に関する儀礼のようだ。この儀礼は中国にもあり、中国の影響を受けたものではないだろうか?

中国神話の創生神、伏義(ふくぎ)と女禍(じょか)の神話がある。頭は人間、体は龍で、互いに絡まりあっている姿で描かれる。兄妹または姉弟といわれる。大洪水で全てが溺れ死に、二人が生き残る。兄(弟)は妹(姉)と結婚したがるが、妹(姉)は嫌がる。兄(弟)が妹(姉)を追いかけ、追いついたら結婚できる…という物語。

黄泉比良坂の「黄泉」(よみ)という言葉は、中国から来た言葉。それに「よみ」という読みをあてたのは、「やみ」から来たのではないだろうか? 黄泉は亡くなった人の国であり、暗い。「坂」というのは、「境い目」を表す。黄泉比良坂は亡くなった人の国と生きている人の国の境い目である。

黄泉比良坂でイザナギは、追っ手から逃れるために桃を投げつける。すると追っ手は逃げる。「桃」も「逃」も、どちらも読みが「とう」。桃には、醜いもの、邪を逃げさせる力がある。中国には、西王母(一番位の高い仙女)の、邪を退ける桃の伝説がある。

邪馬台国があった場所ではないかと言われている、奈良の纏向遺跡から、桃の種が2000個以上出てきて、大きな話題になった。卑弥呼が鬼道に使った桃ではないかと。鬼道=道教であって、これもやっぱり、日本独自のものではなく、周辺国から伝わってきたもの。

黄泉の国から逃れてきたイザナギは禊(みそぎ)をするが、この禊というのも、もともと中国の風習。神社で手を洗って清めるのもそう。また、禊によって、左の目からアマテラス、右の目からツクヨミが生まれるが、これまた、「雲笈七籤」(うんきゅうしちせん)という書物の巻56、「元気論」の中に、「盤古、死に垂(なんなん)として身を化し…左眼は日となり、右眼は月と為る」という記述がある。(…ちなみにこの書物は、まだあまり日本の文学者には研究されていないらしい…その中から、この記述を見つけ出してくるって、すごいなぁ…研究者って、本当に、気の遠くなるような仕事の積み重ねなんだなぁ…)

古事記は、最初から最後まで一貫した繋がったストーリーなのではなく、転々と場所を変え、あちこち舞台転換しながら綴られている、一連の物語である。海の物語であり、場の物語である。

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日本オリジナルの神話と思われていた古事記の物語は、実は周辺国から伝わってきた話をつぎはぎして成立しているという驚き…目からウロコ! そうですね…日本人はもっと、神話の話をしていかなきゃいけないですね。「うちのとこの神話は、こんなんなんですよ〜」「へぇ〜、でもそれってうちの神話にも似たような話あるけど」「えっ、うそっ!?」…みたいなね、閉じこもって、引きこもってると、見えてこないものってありますよね。

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■荒神谷博物館館長 藤岡大拙氏 「出雲神話の世界」


出雲大社の祭神は、ずっと大国主だったわけではない。最初は大国主で、次にスサノオ、そしてまた大国主に…という変遷があった(そうだったの!? 知らんかった!)

出雲大社は大きすぎて、何もなしに(台風とか地震とかっていう外的要因なしに)、自分で(自分の重みで)つぶれてしまう。だから過去に7回も建て直ししている。

出雲国風土記には、そんな巨大な出雲大社のことは載ってないので、本当にそんな巨大だったのかという疑問を持たれるが、徐々に大きくなっていき、48mにまでなった。

途中で、20mくらいに規模縮小したら、倒れなくなった。では、それまでなぜ、倒れてしまうのがわかっていてそんなに巨大サイズにしたのか? 権力者が国難の中でたたり神(大国主・スサノオ)に対しておそれおののき、そのため巨大な社を建てたと考えられる。

では後に20mの社に縮小したのはなぜかというと、権力者が変わったから。権力者が東国のサムライになり、たたり神へのおそれを持たなかったから。


■パネルディスカッション


・奈良県立橿原考古学研究所所長 菅谷文則氏

先ほどの石見神楽にはとても感動しました。人間がようもああ大蛇になれるもんだなぁと。ビデオなどでは観たことがありますが、生で観たのは初めてです。

石見神楽でも刀が登場しましたが、日本人が鉄の刀を使い出したのは弥生時代といわれています。石見神楽の大蛇の時代の頃ですね。製鉄のため、かんなながしで川がダメになり、まきを取って山が荒れたことが、大蛇の物語に…という説がありますが、製鉄がはじまったのは飛鳥〜奈良時代ごろとされており、それ以前は、鉄板を輸入して鉄剣などを作っていました(だから、その説は正しいとは言えない)

・中西進氏

ニュージーランドの神話にライオンが出てきますが、ニュージーランドにはライオンはいません。(神話には、話をおもしろくしたり情緒をふくらませるための脚色があり)神話=事実と真に受けることはできません。日本神話でも、因幡の白兎の物語にワニが出てきますが、(動物園にいるような)ワニは日本にはいません。田植え歌で、女が男に、「長い髪のために櫛を買っておくれ」というような歌があるが、実際、田植え女が、そんな髪をしているわけがない。現実に対して、プラスアルファの部分があるもの(ロマン的な? うんうん、わかるわかる。現代でも、ドラマや映画みたいなロマンティックな展開は現実にはなかなかないっていうのと同じね・笑)

大蛇のストーリーは、生け贄を英雄が助けて結婚するという、アンドロメダ型の神話。スサノオが出雲に降り立つと、斐の川の上流から「箸」が流れてきます。なぜ流れてきたのは「箸」なのでしょう?

奈良の箸墓古墳に伝わる神話に、大物主神の妻になった倭迹迹日百襲姫(やまとととびももそひめ)が、大物主神の正体(蛇)に驚き、大物主を怒らせてしまって、箸でホトを突いて死んでしまうという神話があります。

箸というのは、生け贄に対する特殊な意味を持つものなのではないでしょうか。大蛇が食べるために、箸を添えたのでしょうか? 残酷な話ですが、もしかしたら、生け贄に対して、箸でホトを刺して殺すという習慣があったのかも…という考えもわいてきます(そっか…!! そんな考え方も出来るのね…!! すごい発想力だなぁ…。いや、この疑問、私も古事記とか日本書紀とか読んで、不可解で、すごい気になってたんですよ〜〜!! すっきり!)

間人(はしひと)という名前の人物が歴史上にいますが、「はし」という言葉は、端っこでもあり、なか(間)でもあります。間人というのは、人間と神をつなぐ間の人だったのでしょうか? 出雲大社の神殿への大きな階段、これもはし(橋)であり、神と人をつなぐものです(なんか、言葉遊びみたい)。生け贄は階段を上り、そして谷へ落ちる。高いところから生け贄をささげます(だから、出雲大社は生け贄をささげるためにあんなに巨大に作られた?)

・藤岡大拙氏

出雲の人は、出雲神話を持っていることを誇りに思っています。海外の人も、自分の国の神話に誇りを持っています。日本で戦後教育を受けた人は神話をよく知りませんが、戦前の人は結構知ってて、尋ねられたら、4つ5つくらい、すぐ出てきます。その(メジャーな神話の)ほとんどが出雲神話です。

しかし、「神話はフィクションである」という風潮に、出雲の人々は泣きました。何にもない貧乏県の、たった一つのとりえ、心の支えだったのに(えええ――!!? いきなり自虐ネタ炸裂に、会場爆笑! 奈良県民も、「奈良はなんもないつまらんところ」って、自虐ネタが結構好きな県民性だから、島根と気が合うのかな…?) ですが、荒神谷遺跡から銅剣が大量に出土するなどしたことで、考古学に裏づけられた神話の中の史的真実があるのでは…と、暗い時代を抜けて、やっと日が当たり始めたところです。

・千田稔氏

古事記における出雲神話の占める割合は大きいです。他には日向神話などですが、出雲神話が圧倒的に多い。古事記は編集された本であり、編者の太安万侶の意図が入っています。特にそれを感じるのが、「天孫降臨」の物語です。舞台の高千穂は宮崎か、高千穂連峰かと言われていますが…。中国、北アジア、モンゴルの神話に、神が天から山に降りてくるというものがあります。ならば、天孫降臨の物語の舞台も、もっと北九州でもいいのでは?

海洋民が鹿児島に上陸したという南中国の神話と、この北アジアの神話をドッキングさせたのではないか。これは編纂された意図でしょう。邪馬台国北九州説とあわせて支持する人が多い、騎馬民族征服王朝説(瀬戸内→奈良へ)も、疑わしいのではないでしょうか?

(日本にいつから竹があったかっていうような話になって…)纏向遺跡で桃の種が見つかって大騒ぎになりましたが、それより、その桃の種が竹かごに入っていたということの方が重要な発見ではないでしょうか? その竹かごは隼人が作っていたものでは…ということは、当時、南方の人々が、奈良にだいぶ入ってきていたのでしょうか?

・藤岡大拙氏

スサノオは嫁(クシナダ?)をもらったあと、母に会いに根の国へ一人旅して、そこでまた大国主の訪問を受けます。出雲の国は根の国へ追いやられる…いや、(追いやられるというマイナスな見方ではなく)安住の地を得た? 伊勢の神々の世界(アマテラスを中心とする)と、出雲の神々の世界を、別々に存在するものにした? 陽と陰、やまとは陽、出雲は陰、夕日の美しい国を選んだ。

・中西進氏

日本で最初に栄えたところは、汽水圏(海水と淡水が混じり合うところ)その汽水圏の大きいものは、

@淀川、大和川
A出雲……やまとに拮抗するくらいの大きいものだったのでは?
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Bひみ、ふせののみずうみ
C天橋立あたり

出雲系神話は自然的、具体的。モノ信仰。日本のベースとなる信仰。モノ=マナ、マナ信仰と通じるし、英語のベア、自然信仰と通じます。

それに対して、やまと系神話(藤岡先生言うところの伊勢の神々の世界?)は抽象的。

・菅谷文則氏

各地で生まれた神話を編纂したのがやまと。出雲神話、九州神話がやまとに入って、洗練された。例えば、アフリカ音楽がニューヨークで洗練されて英語化されて世界的になったように…(ニューヨークで洗練され、世界に広まったアフリカ音楽は、もともとのアフリカ音楽とは違ったものになっているのと同じで、各地の神話がやまとで編纂されることで、形を変えていったのも当然のこと)

ちなみに、神話が日本で最も利用された時代があった。それは、明治20年の市町村合併の時期。古事記・日本書紀から地名をとっていきました。
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初めての宝塚歌劇

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先日、初めて宝塚歌劇を観に行ってきました! タカラヅカ…そう、神楽とは正反対に、男も女も全て女性が演じる、魅惑の花園…一体、どんな世界が繰り広げられるのか…そして、男役の女性は果たして、本当に男の人に見えるものなのか…??

かの有名な漫画の神様・手塚治虫も、小さい頃からよく宝塚歌劇を観に行き、その創作に多大な影響を受けたという逸話も。TVでは何度か観たことあるけど、一度生で観に行ってみたいなぁとずっと思っていたのですが、今回、宝塚好きの同僚の方が誘ってくださって…やったぁ!(以前勤めてた職場にも宝塚ファンがいたし、関西で女性の多い職場には、必ず一人は宝塚ファンがいると言っても過言ではないかもしれない…) というわけで、ドキドキわくわく観に行ってきたのは、宝塚歌劇宙組によるミュージカル「ヴァレンチノ」

舞台は無声映画全盛期の頃のアメリカ、実在したスター俳優、ルドルフ・ヴァレンチノ、通称ルディーが主人公。イタリアの片田舎から、オレンジ農園を持つ夢を胸にアメリカに渡ってきたルディーは、シナリオライターのジューンに見出され、映画スターの階段を上っていくが、輝かしい成功の先に待ち受けていたのは……という、愛と栄光と挫折と再生の物語。

映画スターの物語ということで、劇中で主人公がいくつもの映画に出演し、砂漠の族長、闘牛士…と、様々なきらびやかな舞台セットや衣装に次々めまぐるしくチェンジしていくのが、わくわくして楽しい! 怒涛のように押しよせる華やかな見せ場の連続! 小さい頃に夢中になって遊んだ着せ替え人形のように、くるくる変わる魅力的な衣装、楽しい歌やダンス、うっとりする恋……と、女の子の大好きなものをめいっぱいつめこんだ宝石箱のような、めくるめく舞台展開に、心躍ります!(客席は、やはりというか、99%女性でした)

それだけでも十分楽しめるのはもちろん、ストーリがすっごいよかった! 脚本は男性の方が書いていらっしゃるみたい。観る前はこう、男性キャラが少女漫画的な…女性の夢見る不自然な理想像になってしまってるんじゃないかと思っていたのですが(まぁ、そういうとこもあるけど)、いきいきしたキャラクターとして描かれていてよかった!

主役たちから脇役まで、登場キャラみんな魅力的ですが、ルディーを愛する二人の女性、ジューンとナターシャが、どちらもすごく魅力的なキャラでよかった! かわいい癒し系ほんわか美人ジューンはシナリオライター、凛とかっこいいスタイリッシュ美人ナターシャはデザイナー。方法は違えど、二人とも、「表現する」ということを生業とし、誇りにしている。そして、自分の中にある理想の男性像をルディーの中に見出し、ルディーと共にスクリーンにその理想像を具現化しようとする…。それぞれ、自分に持てる力…ジューンはシナリオによってルディーの魅力を引き立てるキャラクターを生み出し、ナターシャは衣装や小道具などなどのデザインによってルディーの魅力を引き立てようとする。

うーん…私も女として、そして表現する人間として(って言うのもおこがましいけど…単に絵を趣味で描いてるだけだけど)、なんだかすごく共感すると同時に、身につまされてしまった…。二人の、ルディーに対する思い、それは愛なのか? それとも自己満足にすぎないのか…?

実際、ナターシャを選んだルディーは、ナターシャにとっての「愛」というもの(具体的には「結婚生活に求めるもの」)と、自分にとってのそれにズレがあることに気づき、破局へと向かってしまうんだけど…。ルディーは、暖かい愛情ある普通の家庭を築いていくことを結婚生活に求めていたけど、ナターシャにとっては、創作が生活の全てであり、生きがいであって、そのためには家庭生活など必要なかった。ナターシャにとってルディーは、あくまで創作のインスピレーションの源であるだけでいいし、ルディーにとっての自分は、スクリーンでのルディーの魅力を引き立たせる役割を果たす存在であるだけでいい…それが二人の愛の形だと思っていた。…って、結婚する意味あるのそれ?? 仕事上のパートナーでいいじゃん?? でも、ナターシャにとってはそれこそが愛情表現だったんだから仕方ないよね…。二人の愛し方が合わなかったというか…?

しかし一方で、ジューンも、ルディーに理想を重ね、ルディーを通して自己実現しようとしているという部分では、ナターシャと変わらないようにも思えるよね…結局、二人のどちらを選んだところで、ルディーには同じ結末が…? あえて違いを見出そうとするなら、二人とも、ルディーのため、ルディーの成功のためって、自分の才能を振るうけど、ナターシャは、ルディーを理解しているつもりで、実際のところ、自分の理想しか見えてなかったってことなのかな…?

愛も自己満足も紙一重、全てはさじ加減…ってこと? ジューンもナターシャも、どっちがいい悪いじゃなくて、誰もが正の要素と負の要素を抱えていて、それらとどう向き合っていくか…? うーん、深いなぁ…

ちなみに、女性が演じる男役というものは…観た人それぞれに感じ方が違うと思いますが、なんというか、女性にも見えないし、かといって、完全に男性に見えるわけでもない…女性でも男性でもない、超越した不思議な存在という印象を受けました。男役も女役もみんな、お人形さんみたいに綺麗で、マリオネットのように完璧な演技とダンスで…すぐ目の前で生身の人間が舞台を繰り広げているというのに、舞台の上と下で、完全に世界が分断された、手の届かない完成された別世界が展開していて、それをのぞき見ている…っていう感覚でした。生々しさというか…生身の躍動感や舞台上と観客の一体感を感じられる神楽とは、同じ生で観る舞台でも全然また違うものなんだなぁと思いました。あ、いや、どっちの方がいいとかいうわけではなくて、どっちもそれぞれの方向性を追求していて魅力です!
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